今から30〜40年程前でしょうか。当時勤めておりました京懐石の店、『辻留』が、引っ越しすることになりまして、引っ越しの片づけをしておりました時、床下か古い新聞紙に包まれた壺を見つけました。日露戦争のことが書いてある新聞でした。中から出てきたのは、150年前に漬けた梅干しでした。
黒ずんでころころしたものがいくつも入っていました。とても食べ物には見えませんでしたが、長い年月を経ても生きている梅干しに、衝撃を受けたのが梅干しとの関わりの始まりでした。そしてもう一つ。「辻留」では師匠の寝起きからずっと一緒にいるような生活でしたので、一年間に5日位しかお休みがいただけませんでした。でも、「梅干しを作る」というと、休むことができたのです。お休みほしさに「梅干しを作る」。それも大きなきっかけでした。(笑)
ひとたびお話が始まると、まるで梅の歴史書を紐解いているような、樹齢 300年の梅だとか、150年前に漬けられた梅干しだとか、瞬時に実感することが難しいような「梅話」が次から次へと飛び出してきます。300年前の人には会えないし、150年前に作られた食品を食べることはまずあり得ません。でも、彼女が相手にしているのは、その途方もない時間を生き続けてきた、食品なのです。
花田梅の効用について少しお話を聞かせて下さい。 乗松私の作る梅干しは酸っぱいのです。私がこだわる「杉田の梅」は品種改良などされていない、日本古来の貴重な品種です。「杉田の梅」の最大の特徴は、いわゆる「クエン酸」含有量の多さ。だからとても酸っぱいのです。「クエン酸」は体内でエネルギーの代謝を助け、疲労回復を促します。
梅が日本に渡ってきたのは1500年前、中国からだと言われています。梅の実が、漢方薬として、咳止め、鎮痛、解毒などの薬効があったそうです。もともと、薬として入ってきた梅。その効用を考えれば「酸っぱさ」は不可欠なんです。私の作る「梅肉エキス」は特に酸っぱいと思います。小さな小瓶ひとつ分に13キロもの梅を使います。
梅は真っ青の時には苦味しかございません。ところが、75%熟すと酸っぱくなってきます。梅肉エキスを作るのには、梅が青いうちに採り、それを30時間煮ます。青い梅に火を入れると「ムメフラール」という成分が生まれ、この成分が血液を浄化する作用を持ちます。
様々な病の方々がこの「梅肉エキス」を求めてお店にやってくるそうです。とにかくこのエキスは強烈に酸っぱい。でも効用を伺うとその酸っぱさも有難くなってきます。
花田今、梅をとりまく環境はどんなものなのでしょうか? 乗松ここ最近は、「酸っぱくない梅の木を作る」動きが、あちこちに見られます。「食べやすさ」先行ということでしょうか。ですが、酸っぱくない、クエン酸のない梅干しなどは「カス」を食べているようなもの。O157には、このような梅干しでは勝てません。
7〜8年前位からは、多くの種類の梅のクエン酸濃度が低くなり、加工しても味がないという問題が起こりました。そこで漬物用液につけて梅干しを作るという方法で、梅干しを売り出したところ、それが当たり、大変売れているのです。安価な梅干しは注意が必要です。原材料を見れば、漬物液についている「梅干し」がいかに多いかわかりますよ。
そしてもうひとつの問題は、大気汚染ですね。以前は漬け込む梅を水につけて
おくと、梅の汚れが水に落ち、水が黒ずんだものでしたが、最近は水が澄んだままなのです。そんなことはあり得ないと、ホワイトリカーで洗ってみたところ、汚れが落ちるのです。つまり、水溶性でない汚れが付着しているということなのです。
大気汚染、樹齢の古い貴重な梅の伐採、すっぱくない梅干しなど、辛く、腹立たしい環境が取り巻いている状況だといえます。本物を追求し、梅の効能を知り尽くした乗松さんは、自分の使命は梅を守り、人々に本当の梅の魅力を伝えることだとおっしゃいます。
暑い日には梅ジュースから始まり、疲れている人には「梅肉エキス」を振る舞
い、寒い日には梅とこぶの入りのお湯で暖をとらせる。酸っぱいが、身体が欲
しているので、酸っぱさも心地よく、身体全体が癒されていきます。ここを訪れる人は、乗松流の歓迎に心を解かれていきます。一見客も馴染み客も彼女には分け隔てがありません。自分のお店に縁あって訪れた人には、自身の豊富な梅の知識、梅への情熱を熱く語ちます。彼女はそれを「伝えること」だといいます。
乗松「幻の梅」といわれる「杉田梅」の樹齢500年余の大木と出会いましてか ら、毎年、1トン半ほどの梅干しを漬けております。その「杉田の梅」の苗を 育て、日本各地に植えて行く活動もしております。各地から「切られそうな梅の老木」の叫びが届き、そのたびに、救済に走るといった日々です。梅を救いたいんです。儲けを考えたら、いい仕事はできません。梅のために祈る、そんな毎日です。
花田最後に若い世代に仰りたいこと、お伝えになりたいことを教えて下さい。 乗松今の若い人に、この梅の素晴らしさ、そして、梅を取り巻く悲惨な現状……それをお伝えしたいです。昔は、師匠は空気で覚えろ、と全く何も教えてくれませんでした。私自身、『辻留』時代には雪駄で殴られた経験があります。お椀をはじかれたこともあります。でもそこには師匠の「愛」があり、それを感じることが出来ました。
ただ、今の若い人達に何かを伝えるにはどうしたらいいかを考えた時、それは時代が変わり、方法が違ってきているのだと感じざるを得ません。この年になってお若い方達に何が伝えられるのか。伝えることの難しさを感じております。
乗松さんのお店の商品の棚の下には、大きな甕(かめ)がいくつもあり、その中には年代物の梅エキスが大事に保管されています。その1999年物の梅エキスを、私たちが伺った時に惜しげもなく味見をさせて下さいました。
それは、私がこれまで味わったものとは、まったく別物の梅エキスでした。熟成が進み、味がまろやかになり、のど越しが滑らかで、まったく癖のない……しかし、どっしりとした存在感があって、食べ物の域を超えた体験だったのです。「本物」とはこういうものなのか……と、教えられた瞬間でした。
乗松さんは大変小柄で、そのいでたちは、ローヒール、スラックス、シンプルなニットに、割烹着。自分の信念にのっとった「梅づくり」を、寸暇を惜しみ、昼夜を問わず、納得がいくまで出来るよう、機能的に行動できる衣装なのでしょう。そのお顔には、お化粧気はありませんが、彼女に初めて会った人が一番印象に残るのは、その肌の艶やかさです。シミ、シワはひとつもなく、素肌が張りと透明感に満ちています。まさに「梅パワー」での賜物でしょうか。
お香の造詣も深く、奈良時代からの香木(伽羅・きゃら)を私達に聞香させて下さった乗松さん。人を値踏みすることなく、門をたたく者は皆平等に、「本物」を伝えようとして下さるその生きざまに、まさに「ぶれない」太い太いシコアマインドを見た私達でした。
・ミニトマト … 1パック
・玉ねぎ … 1/4個
・パプリカ … 適宜
ミニトマトは湯むきにする。
玉ねぎ、パプリカはみじん切りにする。
マリネ液に、みじん切りにした玉ねぎ、パプリカを入れて混ぜる。
マリネ液に、湯むきにしたミニトマトを漬け込む
ボウルに、オリーブオイル、シークヮーサー、塩、(アンテョビ)を入れ、よくかき混ぜる。
少しドロっとしてきたら、お好みで胡椒を加え完成。